信濃毎日新聞に連載 第6回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

信濃毎日新聞毎週月曜日に連載
第6回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

身に付けて登校する生徒
下田 博次    
 
教育現場では頭痛の種・・・
 私が知る限りでは、携帯電話を教育に必要な道具と認めて校内に持込を許可している学校はない。それどころか小中校はもとより高校でも、携帯の持込は原則禁止というところが多い。しかし現実は禁止といっても収まりがつかぬために、個々に理由を書かせたり「授業中は電源を切る」などちょっとしたルールを定めたりして、持ち込みを認めてしまった。建前と本音の使い分けという、いわば二枚舌作戦である。もちろんこれは教育的なやり方とは言えない。
 それはともかく、このようにして今やこの国では、ほとんどの高校生が学校に携帯を持ってくるようになった。いや「持って来る」などという表現は適切でない。子どもたちは「携帯を毎日身につけて登校する」というべきだろう。
 では教室に入り込んだ携帯電話はどのような使われ方をしているのか。昨年十月二十四日にティーンズ・エクスプレスというFM番組で高校生たちが行った証言では、まず「授業中メールやゲームをしている」、あるいは「誹謗中傷のメールをしている。主に先生の悪口などを送っている」というものから、「迷惑メールを開けてエッチなサイトを見ている」「カンニングをしている」といったところが実態のようだ。なかには「メールで呼び出しが入ると教室から出て行く生徒もいる」という。
 ちなみにカンニングでは、携帯のメール機能や辞書機能などが使われる。高校ではないが、女子短大などで教えた私の体験でも、授業中に着メロが鳴ったり、携帯を机に立ててアイドル画像を出しているなど授業妨害の道具になっている。注意するまで、それが特にいけないことだとは思っていない。
 断っておくが、群馬大学の私の教室ではそんなことはない。理由は携帯電話というメディアの問題を私が研究テーマにしているからだが、いろいろ聞くとそればかりではないようだ。子どもたちは独自の基準で教師を区別しながら、教室で携帯の使い方を決めているのだ。例えば彼らは「授業中にメールやゲームをするのは先生による。生徒の携帯の使用を黙認する先生の時はやるし、厳しく怒る先生の時はしない」と言うのだ。要するに子どもたちは、携帯に甘い先生かどうかをみているのだ。
 教師にすれば、やっかいなものが教室に入り込んできたわけである。実際に規則に反するからといって携帯をすぐ取り上げたりすると、生徒との関係がギクシャクしてくる。なかには授業中着メロを鳴らしたので取り上げたところ、気がふれたように怒り出したり喚いたりして教師の方が驚いたとか、高校によっては、親が「子どもの携帯を返してやってくれ」と抗議にきたという話まで聞いた。そのような現場の報告を聞いていくと、今や教師たちは、子どもの身体の一部になっている携帯の管理に神経を尖らせるようになったといっても過言ではない。
 それが証拠に、目にあまる使い方をしている生徒の携帯を取り上げる場合でも教師たちは「取り上げる」とは言わず「お預かりする」という言い方をする。しかも「お預かりした携帯を出来るだけ手元において置きたくない」というのが教師らの本音だという。
 生徒にとっては取り上げられると悲鳴を上げるほど大事な携帯電話だが、高校や中学の教育現場にいる先生方には頭痛の種。携帯電話の対応は学校によりバラバラだし、教室でもこのメディアをどのように位置付けていけばいいのか。思い切って授業に使えないのか、いや、授業に使えるシロモノではない、などなど議論が交わされているが、答えは出ていない。
信濃毎日新聞2003年2月17日(月曜日)
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