信濃毎日新聞に連載 第9回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

信濃毎日新聞毎週月曜日に連載
第9回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

放任する大人は不気味
下田 博次    
 
教えてくれてありがとう
 私が群馬県内の高校や中学校で行っている「インターネット・携帯利用に関する特別授業」のことを前回紹介した。この特別授業の後、子供たちに簡単な感想文を書いてもらうのだが、これがなかなか興味深い。
 その一部を紹介すると--------「アメリカの高校生はインターネットの機能付きのケ−タイを持っていないということを初めて知った」「米国などの高校生が携帯電話を持っていないのには驚いた。もっと日本は携帯電話について深く考えるべきだ」--------などという内容である。
 子供たちは、米国の十代のほうがインターネット機能付き携帯電話を先行して使っていると思い込んだようだ。そこで私は、「インターネットを生み出した米国では、君たちが使っているような携帯電話は必要もないから持っていない」と説明したから驚いたのである。
 さらに「米国では、インターネットは判断力や社会的責任能力のある成人が使うメディアで、自分で責任がとれない未成年者の利用について制限されたり、大人の指導、支援が必要と考えられている」と説明するとこんな反応を示した。
 「アメリカではインターネットがあまりよく思われていないのが結構意外でした。でも考えてみるとそういう考えは、結構まともなことだと思います。日本は携帯の恐ろしさをみんなまだ知らないのだと思います」
 私は、もともと善意のネットワークとして市民社会から生まれたインターネットが、商業利用の拡大のなかでどのように有害と言われる種類の情報を増大させてきたかを、できるだけ分かりやすく話すようにしている。とくに援助交際と呼ばれる日本的社会現象に見られるネット利用の特異性やその危険性などについて、具体的に説明してきた。
 話してみると、子供たちの理解は予想以上に良い。彼らは、携帯電話やパソコンからインターネットを使っているうちに「これはまずいのではないか」という体験をし、そういった経験から新しい電子メディアの危険な側面になんとなく気付いているのだ。そのため「携帯はすごく便利だけれど一歩間違えると危険!ふざけて使用するととても危ないということをあらためて知った。」「携帯電話は二十歳以上の人が必要なら買えばいいと思う。二十歳未満禁止条例を作って欲しい」という感想もでてくる。
 なかには「この授業を聞いて解約の決心がついた。ケータイは危険なオモチャである」とまで言い切る子供もいた。何があったのだろうか?また「自分が親だったら高校卒業まで携帯など持たせない」という女子高生もいた。彼女自身は携帯を持ち歩いているのに、である。もちろん、「携帯の悪口ばかりで嫌になった」「余計な事は言わないでほしい」など反発もある。また「この授業を聞いて、もう少しケータイやインターネットについての知識を身に付ける必要があると思った。でも、だからといってケータイからすぐに離れられるか?と聞かれたら離れられないと思う」と複雑な気持ちも書かれている。
 そういう彼らも含めて、子供たちは授業中に騒ぐことなく、まじめに私の話しを聞いてくれた。それどころか「気になっていたことや分からなかったことを、はっきり教えてくれてありがとう」という言葉さえもらった。
 説明もなく「ケータイ持つな」も駄目だが、何も言わずしたい放題させている、あるいはただ放任している大人を、子供たちは不気味と思っているようだ。
信濃毎日新聞2003年3月17日(月曜日)
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