信濃毎日新聞に連載 第14回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

信濃毎日新聞毎週月曜日に連載
第14回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

有益か有害か玉石混交
下田 博次    
 
問われる情報の判断力
 「携帯電話からインターネットができる。こんな小さな画面から、インターネットの豊富な情報環境が利用できる。凄いことだ。」
 いわゆるiモード賛歌を要約すれば、そういうことになろう。そして、そのような進化した携帯電話を、苦も無く使いこなす子供たちを「ITキッズ」とかIT世代と持ち上げてきた。しかし本当にそれだけでいいのか?そのような問いかけが、ようやく始まったように私には思える。
 ところで私の友人が、米国でメディア研究者の集まりに出たとき「日本ではモンキーにマシンガンを持たせた」と言われたそうだ。この場合、マシンガンというのは携帯電話であるが、おサルさんは誰か?
 情報の価値判断もできない、あるいは社会的責任能力も無い子供たちを、おサルさんに喩えたのか。あるいは、あるいは考えも無く好き勝手にさせている日本の大人を揶揄したのか。
 米国では情報より銃による悲惨な事件が多いくせに、なにを生意気な、と言いたいが、そう言って済ませられないところがある。「重要なのは便利でパワフルな装置を所有し操作ができることではなく、その使い方だ」と言われていることだ。もっと正確に言えば、その凄い携帯情報機で、どのような情報を受信あるいは発信するかが問題だ、ということである。
 言うまでもなく、情報には人を生かしたり殺したり社会を混乱、破壊する力がある。その「情報の力の良し悪し」を判断する能力が、情報化社会では、ますます重要になってくる。そして現代社会の、その情報化を進めている強力なメディアが、インターネットなのである。
 ここで特に成長期の子供たちにとって問題になるのが、インターネットの情報環境である。よく「インターネットの情報環境は、玉石混交だ」と言われる。有益な情報も、役に立たぬくだらない情報も、一緒くたになっているというわけである。特に、子育て、教育という観点から言えば、有益な情報とともに有害情報も満載の情報メディアがインターネットなのだ。
 私は、子供の利用を前提にした場合、このインターネットの情報環境を3つに区分して説明している。ひとつは有益な情報環境であり、二つ目が、その反対の有害情報群である。そして三番目に無益かつ無害情報環境が挙げられる。
 成人の個人的視点からした情報価値判断からすれば、有用か無用かで片がつけられるが、子供の為という視点、あるいは社会的、公共的な立場からの情報の価値判断からすれば、有害情報という分類が必要になる。そして親や大人は、人格形成や心身の成長に害のある有害情報に子供たちを近つけないよう努力する。あるいは子供たちが、そのような有害を見分ける力を持てるように教えたりサポートする。
 そのような努力をするとき、必要なのが子供とのコミュニケーションである。子供が見ている電子表示画面の「情報」を一緒に見て、いいか悪いか話をする。
 その場合、携帯の「極小画面」で親子の情報共有ができるのか?そんな疑問が出てくる。もしそうした懸念が湧いてこないとすれば、情報メディアとしてのインターネットの力を正確に理解していないか、あるいはその有害情報環境について認識が無いか、どちらかだろう。
 モンキーのマシンガンという喩え話から、私はそんなことを考えるようになった。
信濃毎日新聞2003年5月5日(月曜日)
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