信濃毎日新聞に連載 第23回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

信濃毎日新聞毎週月曜日に連載
第23回 ケータイの落とし穴−いま子どもたちの世界は

 「ネット」問われる家庭の責任
下田 博次    
 
もっと父親も積極的に
もう五年も前の話だが「インターネットがなぜ米国で生まれ発展したのか解説してほしい」と言われ、静岡県まで出かけたことがある。話が終わって質問が出た。「あなたはインターネットは社会を良くするメディアだというが、私はそうは思えない。たとえば高校に入った孫に、これを使わせたいと思わない。子供に見せたくないものがいっぱい出てくる。この現状をどう思うか」。
 質問は七十歳の老人だった。私は「同感です」というしかなかった。
 日本にインターネットブームは、「米国に追いつけ」というかけ声ばかりで、子供のことを考える余裕もない貧しいスタートだと思っていた。米国では、「子供たちにパソコンネット利用を」と号令する大統領に向かって、親たちがNPO(民間非営利団体)と通じ、「インターネットは子供に自由に使わせることができるメディアではない。うちの子がこのメディアで悪くなったら国が責任をとれるのか」と釘(くぎ)と刺した。そこで、インターネットの有害情報から子供を守り育てるための国民的議論が始まったのだ。(断っておくが単純な規制論ではない)。
 日本は、子供の世界でパソコン以上に問題とされる携帯電話からのネット利用が広がっても、そのような国民的議論は起きていない。特に、子供の最終責任者である親からの問題提起がない。それどころか、生徒指導で教師がやむを得ずケータイを取り上げると「子供がかわいそうだ」と怒鳴り込む親がいるし、その親をとがめる空気もない。流行には勝てない、という国なのか。しかしネットは自己責任の世界だから最後は親の責任が問われる。
 にもかかわらず、御時世だからという安易な理由で、親の方が積極的に持たせる無責任な例の珍しくない。現に私が勤めている群馬大学の学生の携帯利用暦調査でも、「親から持たされた」という報告が少なからずある。日本の親たちは、ケータイの利用料金には関心を示すが、その情報というより無知だと判断せざるを得ない。
 しかし最近は少数だが、問題を持つ親たちも出てきて、各地のPTAが「勉強したい。実情を知りたい」と言い出した。昨年は、群馬県以外でも兵庫県や神奈川県、石川県などで講演した。長野県でも、先ごろ初めてPTAから招かれて上諏訪中学校(諏訪市)で講演した。学校では対応できないケータイというメディアの教育に「家庭の責任を意識しはじめた動き」と、私はみている。
 地域によっては、話を聞くだけでなく、講演で知ったことをどのように他にも知らせていくかとか、「子供にどう話しかけていけばよいか」というテーマでワークショップも行われ、手作りのチラシやパンフレットから学校新聞まで作るようになってきた。この国は、まだバランス感覚を失っていない、地域社会も回復力を持っているという期待も少しは出てきた。
 このような動きのなかでひとつ気になるのは、家庭のなかでの父親の役割である。インターネット、携帯電話をビジネスのなかで使いこなしているのは、母親より父親のほうが、メディアの裏も表も熟知しているのではなかろうか。裏側の知識といえば、サラリーマン、公務員のネット利用による援助交際事件が目立つ中、一昨年あたりから大企業を中心に、就業中の私的なネット利用を禁止したり監視したりするところも増えているのだ。
 父親は、インターネットのなかの大人の世界を知っている。その実態を知れば、わが子にどう注意すればよいのかわかるのではないか。それとも「自分の子供だけは危ない情報社会に入らない」と信じているのか、父親たちの動きはまだ鈍い。


信濃毎日新聞2003年7月21日(月曜日)
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